シャッターアイランド

2010年・アメリカ

監督・・・マーティン・スコセッシ

キャスト・・・レオナルド・ディカプリオ、マーク・ラファロ

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 冒頭の❝シャッターアイランド❞上陸シーンは、これはアメリカ版『獄門島』か『悪霊島』か?と思わせる不気味さで引き込まれていった。
 
 それから船上でタバコをやり取りし、妙に美味そうにタバコを吸うディカプリオとマーク・ラファロが印象的だった。
 
 同じく50年代のアメリカを舞台とし、喫煙シーンが印象的だった、ミッキー・ロークの『エンゼルハート』を彷彿させるハードボイルドな雰囲気がまたいい。
 
 しかし近年の映画では、青少年の影響を配慮しタバコをカッコよさの小道具として使わないようにしているはずだが、これがストーリー上重要な小道具になっていることが明らかになっていくことで妙に合点がいった。

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 時折、死んだ妻や少女の亡霊の悪夢のシーンがあるが、単なるホラー的要素だけでなく、これまた終盤の伏線になっているので、さすがマーティン・スコセッシ監督、重みのある演出でグイグイ引き込まれていく。

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 物語が進む中で、「ディカプリオ自身が精神病患者であった。」という、いわゆる(?)❝シックスセンスオチ❞に展開していくわけだが、ただそれだけの映画ではない何かが見え隠れする気がする。
 
 ラストのディカプリオのセリフで「モンスターのまま生きるか、善人として死ぬか」と言っている。
 保安官として全力で事件を追っていくという人格を本当の自分だと疑いもなく生きている精神病患者とは、はたから見ればモンスターであろう。
 しかし病気を、薬やロボトミー手術等で治すことにより、はたから見ればまともな人間になる。

 病気と気づかないまま生きるのがいいのかどうかといったところだろうか。

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 個人的にはスピリチュアル的な解釈として、『インセプション』や『トータルリコール』『マトリックス』などのように「この世は幻想である」というメッセージではないかとも思えた。

 じつは、ディカプリオ同様に我々も何らかの意図で、本来の記憶を忘れさせられて、造られた記憶の中で生きているのではなかろうかと・・・。

 そう考えるとラストシーンのディカプリオのセリフに込められた意味がより崇高なメッセージのように思えてくるのである。

 





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